【04-04中世後期の演劇】ファルス(笑劇)の劇世界
2012-08-19


中世後期(15、16世紀)に作られた《短い劇形式》の作品、すなわちファルス(笑劇)とソティ(阿呆劇)は約250編が現存しているが、これは当時、実際に上演された作品のごく一部に過ぎない。B. C. ボーエンによると、この二つのジャンルの違いは、作品内容の現実へのかかわり方にある*。ファルスの登場人物は、家庭を持ち、職業、身分など現実社会の人間の属性を備え、しばしば固有名を持っている。これに対してソティでは、具体性が乏しい象徴的で曖昧な場で劇が展開する。登場人物の数はたいてい多くて、「第1の阿呆(ソ)」、「第2の阿呆」といった具合に番号によって示されることがある。

フェーヴルによるファルスの目録によると、現存するファルスは176編を数える。そこに登場する主な人物は、職人、小商人、ゆすりたかりを行う無頼の徒など、15、16世紀の庶民である。町の中に足を踏み入れた途端、騙されてしまう田舎者もファルスの重要な登場人物だ。田舎者の扱いに、ファルスが本質的に都市住民の観客を対象とした演劇であることが表れている。ファルスの主な舞台は町であり、その展開の核となるのは町の住民たちの間に起こるいざこざである。

貴族が主要な登場人物となっているファルスもあるが、こうしたファルスでは作品の舞台が田舎になっている。貴族はファルスでは笑いものにされる側である。例えば『貴族とノデ**』は、貴族に妻を寝取られたノデという名前の下僕が、仕返しに貴族の妻を寝取る話である。劇の最後でノデは自分の主人である貴族に、「ノデの真似をもうしてはいけませんよ。私もご主人様の真似はもうしませんから」と助言する。
『鶏小屋***』は次のような内容である。コガネムシ氏(Monseiur de la Hannetonniere)とチョウチョ氏(Monsieur de la Papillonniere)の二人の貴族は、粉屋の妻を口説く目的で、夫の留守中に粉屋の家にやって来る。最初にチョウチョ氏がやって来るが、間もなくコガネムシ氏がやって来たのでチョウチョ氏は鶏小屋の中に身を隠した。コガネムシ氏が粉屋の女房を口説こうとしたところで、粉屋の夫が帰宅したため、コガネムシ氏も鶏小屋に隠れた。粉屋は二人の貴族の妻を家に連れて来た。貴族の妻と粉屋、そして粉屋の妻も加わって、四人は大宴会を始める。二人の貴族は、鶏小屋で臆病に身を隠したまま、そのらんちき騒ぎを見守るはめになった。最後に粉屋の夫は鶏小屋に隠れていた貴族たちを見つけ、鶏小屋から引きずり出す。そして人の女房に手を出そうとしたことを謝罪させ、粉屋が抱えていた借金を帳消しにさせる。
ファルスではこのように、田舎貴族もまた都市の観客たちの笑いの対象になっている。もっとも貴族が登場するファルスの数は多くない。ファルスによく登場するのは、靴直し職人、臓物料理屋、金物屋、居酒屋店主、そして僧侶といった人物である。韻文笑話のファブリオと同様に、ファルスに登場する僧侶や司祭は常に好色で貪欲で、聖務日課書を開くよりも他人の妻をものにすることに熱心であるような人物ばかりである。

ファルスの登場人物たちの関心は、即物的な欲望と直結している。食べること、セックスすること、そして金を手に入れること。これらの欲望を満たすためのあらゆる策略は正当化される。また騙されたことに対する復讐もファルスの世界では奨励される。復讐にはしばしば手に棒を持って相手を叩きのめすドタバタ喜劇的な手段が用いられる。
『パテとタルト****』では、腹を空かせた二人のならず者は、ケーキ屋の女房を騙して売り物のウナギのパテを手に入れる。一度成功して味を占めた二人は、今度はタルトを同じように手に入れようとするが失敗し、ケーキ屋の夫に棒で散々打ちのめされる。ファルスの世界では、棒で人を殴りつける側にいることが好ましいこととされる。弱い者、騙される側であるよりは、たとえ愚かであっても強い者の側にあることが、ファルスではよしとされるのである。


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[フランス中世演劇史]

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