【04-04中世後期の演劇】ファルス(笑劇)の劇世界
2012-08-19


夫婦の対立はファルスの主要な主題だが、そこでもファルス特有の強者の論理が展開の鍵となることが多い。『洗濯桶*****』の主人公ジャキノは、妻の言いなりになってあらゆる家事を押し付けられる気弱な夫であるが、妻が洗濯桶の中から出ることができない状態になると、その立場が逆転する。最終的には力強き性である男性原理で話は締め括られるのである。

ファルスの演劇性の本質は、他人を騙し、笑いものにすることである。ベルナデット・レ=フロはファルスfarceの二つの語源について次のように説明する******。ファルスの語源の一つは≪ fars ≫でありこれは「詰物」(食べ物にも、衣類にも用いる)を意味する。もう一つの語源は≪ fart ≫であり、これは「化粧、変装」を意味する。この二つの語源はどちらもその意味の根底に「ごまかし」というニュアンスが含まれている。詰物も化粧も偽りの見かけを与えることで真実の姿をごまかすものだからである。ファルスにはまさにそういった人物たちが登場する。本来は従順であるはずの妻たちは、ファルスの世界では怒りっぽく、亭主をがみがみ怒鳴りつける。宗教者は猥褻で、貴族たちは品位に乏しい。判事は無能で、勇ましげな兵士は実は臆病者である。しかしこうした愚かで間抜けな人間たちが、意外な機転を発揮することがある。ファルスの世界では、間抜けな人間が状況をしばしばひっくり返し、騙そうとする人々を逆に騙したりする。他人を騙し、笑いものにすること、それは社会によって当然だと考えられている秩序に対する異議申し立てである。

ファルスではこの世間の秩序と力関係は、単純な肉体的な力に基づく関係にたいてい置き換えられる。夫たちは妻の平手打ちを恐れて妻の言いなりになる。『鶏小屋』の粉屋の主人は腕力でもって貴族たちを押さえつける。中世ファルスの傑作、『ピエール・パトラン先生*******』では、いかさまの達人であるパトランは羅紗屋と判事たちを狡猾な手段で丸め込んだものの、愚鈍な羊飼いがパトランの呼びかけに「ベー」と羊の鳴き真似をひたすら繰り返すのには、どうにも対処しようがなく、礼金を手にすることができなかった。

ファルスの世界では暴力と策略が賛美される。そこで重要なのは、食べ物、セックス、あるいは金といった即物的な欲望に身を委ね、他人持ち物を奪い取り、享受することである。しかしその力関係はたやすく逆転する。先ほど騙された人間が今度は棍棒を手に復讐にやって来て、今度はこちらを打ちのめすかもしれないのだから。

* BOWEN (Barbara), Les Caracteristiques essentielles de la farce francaise et leur survivance dans les annees 1550-1620, Urbana, University of Illinois Press, 1964.
** FAIVRE (Bernard), Repertoire des fraces francaises des origines a Tabarin, [s.l.], Imprimerie nationale, 1993. N°70. Le Gentilhomme,Lison, Naudet, La damoiselle (autre titre : Le Gentilhomme et Naudet).
*** Ibid. N°138. Le Poulailler a six personnages (autres titres : Le Poulier a six personnages; Les Deux gentilhommes et le meunier).
**** Ibid. N°125. Le Pate et la tarte.
***** Ibid. N°43. Le Cuvier.
****** REY-FLAUD (Bernadette), La Farce ou la machine a rire, Geneve, Droz, 1984.
******* FAIVRE,op.cit. N°95. Le Maitre Pierre Pathelin (autre titre : Pathelin).渡辺一夫訳『ピエール・パトラン先生』東京:岩波書店、《岩波文庫》、1963年。

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