【04-08中世後期の演劇】〈短い劇形式〉ジャンルの役柄と役者について
2012-09-20


ファルスに登場するいくつかの役柄は、演劇的類型へと発展していった。その一例が空威張り兵士〈マタモール〉matamoreである。作者不詳の『バニョレの自由射手*』(15世紀後半)は形式こそ独白劇ではあるが、そこで提示されているのはファルス的演劇世界の〈マタモール〉像に他ならない。「自由射手」は臆病なほら吹き兵士であり、滑稽なまでの大げさな重装備に身を固めている。彼は目の前に現れた敵兵に怯え、跪いて慈悲を請うのだが、それは実は案山子だった。しかしファルスに最も頻繁に登場する類型的人物は〈バダン〉badinである。〈バダン〉とはお人よしで愚か者の類型的役柄であり、ファルスでピエロの役割を担う。この役柄の演者は、特定のスタイルの衣裳を身につけ、独特の台詞回しと動きで演じた。〈バダン〉は顔にはおしろいを塗り、ビギン帽**をかぶっている。

〈阿呆(ソ)〉や〈バダン〉といった類型的役柄の形成と発達は、この二つの〈短い劇形式〉ジャンルの土台となっているのが、何よりもまず役者の演技であったことを示している。裸舞台といくつかの小道具だけの簡素な舞台も、役者の存在感を引き立てた。ソティやファルスの演劇的魅力は、結局のところ、阿呆(ソ)ないしファルス役者の芸に集約される。役者の芸の力が作品の成功に対し、決定的な影響力を持っていたのである。

ソティを読んでみると、このジャンルが役者に要求する言語的技巧が高度なものであることがわかる。台詞の多くが、言いよどんだり、あいまいな発声で読まれたりしては、その効果が失われてしまうような、名人芸の見せ所になっているのである。グランゴワールの『阿呆たちの王の劇』(1512)の口上はその最も名高いものの一つだ。

ファルスでは一般にソティほど凝った言語的技巧は要求されないが、その代わり身体の動きによる笑いが重視される。追跡劇、かくれんぼ、言い争い、変装、殴り合いといった身体を使ったギャグがファルスでは多用されている。ただし残念なことに現在まで伝わっている稿本、印刷本の大半にはこれらを指示するト書きが書き込まれていない。

ファルスでは歌もまた重要な役割を担っている。16世紀フランスは、フランス語特有の響きを生かした世俗的シャンソンが著しい発展をとげ、優れた作曲家が数多く出た時代だが、ファルスにはシャンソンの小曲が挿入されることが約束事のようになっていた。ファルスの役者は挿入されたシャンソンを歌いこなす技術も必要とされたのである。

ソティの阿呆は舞台上で歌う必要はなかったが、飛んだり跳ねたりするアクロバット技芸が要求された。ソティでは日常の秩序が逆転した「逆さまの世界」が提示されるが、その世界の住人である阿呆もまた尻と頭を逆にする逆立ちで演じる必要があったのである。

こうした技芸が上演に要求される〈短い劇形式〉ジャンルの役者たちは、職業的な役者だったのだろうか、それとも演劇公演を生活の糧としないアマチュアだったのだろうか。15世紀については、彼らはおおむねアマチュアの役者だったと言っていいだろう。ソティやファルスの上演の主体となったのは〈陽気な兄弟信心会〉などの団体のメンバー、裁判所書記見習いのバゾシュたち、そして学生である。町の祝祭などでの上演の際には、彼らに報酬や必要経費が支払われただろうが、彼らは演劇上演で生計を立てていたわけではなく、せいぜいセミプロといったところだろう。

しかし職業的演劇人がこの時代にいなかったわけではない。おそらく14世紀半ばのかなり早い時期から、ジョングルールの流れを組む旅芸人たちのなかには、演劇の上演を行うものもいた。ミシェル・ルスは、1389年に「ファルスの演者 joueur de farsses」、ジャン・ド・ベスル Jehan de Besceulがルーヴル宮のシャルル6世の前でいくつかの作品を上演した記録を確認している。またシャルル六世は1410年にも、ファトラス一座に演劇上演の報酬を支払っている。1427-1428年にはブルゴーニュ公のもとで、三夜にわたってファルスが上演され、演者に報酬が支払われた。


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[フランス中世演劇史]

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