【01-12教会の演劇】『アダン劇』、ことばによって獲得された自由

コメント(全9件)
1〓5件を表示
<<前
KM ― 2011-10-16 16:37
すいません。「アダン劇」についてYoshiさんから興味深いコメントを頂いていたのですが、操作を誤って消去してしまったようです。Yoshiさん、せっかくコメント頂いたのに、本当に申し訳ありませんでした。

エーリッヒ・アウエルバッハの『ミメーシス』について言及されていました。『ミメーシス』第7章ではこの作品のアダムとエヴァの対話について分析されています。
Yoshi ― 2011-10-17 10:47
caminさん、コメントのこと、どうぞ気になさらずに。私も自分のブログで同様のことを経験しています。書き込んだはずですが、というメールをいただいたがどこかに消えていたこともあります。

前回送ったコメントに書いていたのですが、英文学では、悪魔の心理をこういう風に細かく書いたのは、中世末の聖史劇でも例がなく、おそらくこの次はミルトンの『失楽園』でしょう。そのくらい時代を先取りしていると思います。また、これほどの精緻さはないのですが、アングロ・サクソン時代の古英語詩、"Genesis B"もやはりミルトン的な悪魔を描いています。"Genesis B"、『アダム劇』、そしてミルトンの間に何らかの関連、影響関係などがあるとすると面白いですが・・・。ミルトンの時代にはアングロ・サクソン文学の研究をする国学者や好古家もいましたので、ミルトンが"Genesis B"について何か知っていた可能性が皆無とは言えないとは思いますが・・・。

>ト書きの指示の細かさから、上演に不安を覚える
>心配性の作者の姿が浮かび上がる。

>役者の技術的が未熟であったからかもしれない。

ご存じの様にこの劇の写本はアングロ・ノルマン方言で書かれています。従って、イングランド文学の一部として、中世英文学のアンソロジーに英訳を入れた学者もいます。ただ、写本だけがイングランドで作られ残されたけれど、もともとの上演はFrancianの地域でなされた可能性もありますが。ただ、『アダム劇』と並び称される"La Seinte Resureccion"もアングロ・ノルマンであり、この時代のイングランド教会において、高度に発展したフランス語の演劇文化が目覚めていた可能性は否定できません。書かれているような精密なト書き、そして言葉に対する懸念の一部も、若い修道士とか教会学校の子供達と言った、考えられる上演者にとって台詞が外国語であれば、幾らかは納得がいきます。 Yoshi
camin ― 2011-11-03 00:46
Yoshiさんコメントありがとうございます。コメントの表示が遅くなってしまいすいませんでした。

アングロ・ノルマン方言は、私の認識だとイングランドのみならず大陸のノルマンディ地方でも使用されていた方言であり、写本の制作が現在のイングランドにあたる地域でされていたのか、あるいは上演がイングランド教会で行われたのかという点については、その可能性はもちろんあるけれども何ともいえないところだと思います。
またアングロ・ノルマン方言の台詞は、アングロ・ノルマンを理解できる人のために書かれたものなので、上演者および聴衆にとって台詞が「外国語」であった、とは考えにくいように思います。Yoshiさんの文意をどこか私が誤解しているような気もしますが。
Yoshi ― 2011-11-03 11:08
色々考えるきっかけを与えて下りありがとうございます。

ノルマンディー等、大陸におけるアングロ・ノルマンの使用については、私は何も知りませんが、カレー周辺などのように数世紀間イングランド人が定住した地域では、アングロ・ノルマンが使われたのかも知れませんね。Caminさんのおっしゃる事を考えると、イングランドから戻ってきた写字生がアングロ・ノルマンの方言特徴を持った写本を書いた可能性もあるのだろうと思いました。また写本が残っているのもフランスだそうですね。例えばFrancianで書かれ演じられた劇でも写字生がアングロ・ノルマンの人なら写本はアングロ・ノルマンになることさえあるでしょうから。

ちなみに『アダム劇』がどこで書かれたかについては、どうも各国の学者によるこの名作の取り合いの様相もあるようです。英語圏やドイツの学者はアングロ・ノルマンと言い、フランスの学者はノルマンと言っている、とPaul Aebischerは彼のテキスト("Le Mystere d'Adam", TLF, 1964)の序文で書いていました(pp. 18-19)。実際、彼によるとこのテキストでアングロ・ノルマンの方言特徴を示す語は非常に少ないようです。Grace Frank(1954)は、'the author, according to most authorities, was an Anglo-Norman'(p. 76)としています。英訳を出しているRichard AxtonとJohn Stevensによると、'Recent scholars have not yet decided whether the author of "Adam" was Norman or Anglo-Norman; the distinction is perhaps not a valid one to make.' ("Medieval French Plays" [1971], p. xii)。David Bevingtonは彼のアンソロジーの序文で、'quite possibly produced in England'と書いています("Medieval Drama" [1975] p. 78)。皆古い本ばかりなので、最近の見方は分かりませんが。

なお、"La Seinte Resureccion"の方は、方言特徴に加え、現存する2つの写本のうち1つはカンタベリーのChrist Church Monastery(カンタベリー大聖堂のこと)で制作されたようだとBevington (p. 122)は書いていて、その写本はイギリスに残っていたようですね(今は大英図書館です)。

>アングロ・ノルマン方言の台詞は、アングロ・ノルマンを理解できる人のために書かれたものなので、上演者および聴衆にとって台詞が「外国語」であった、とは考えにくい・・・

この点は白か黒か決めるのは大変難しいと思います。中世においてもイングランドの圧倒的多数の人々は、フランス語を外国語として学びました。それでも、プランタジネット家の宮廷であればフランス語が第一言語であった人もかなり混じっていたと思われますが、修道院などでは、フランス語は苦労して学ばれ、不完全に使われた「外国語」でしょう。フランス語の使用状況は、宮廷や修道院などでも、分かる人、分からない人、いくらか分かる人などが入り交じった状態であったと思います。勿論、ほとんどの平民はフランス語を使えませんし、フランスにも領地を持つことの多い大貴族とその家族はともかくとしても、時期にもよりますが聖職者や騎士の大多数も仏語は使えなかったか、かなり不完全な使用であったと思います。貴族にしても、召使いや乳母、その他の用人などは英語しかできなかったでしょうし、公的な場では仏語、家族の間では英語を使う人が多かったでしょう。フランス語の訛りのこととか、フランス語でなかなか話が通じないことなどをしるした当時の文章も散見されます。

私はイングランドにおける多言語文化にかなり興味があるので、今後この問題、もっとよく調べていきたいと思います。 Yoshi
camin ― 2011-11-04 03:35
もしかするとYoshiさんはアングロ・ノルマン方言をイングランド人、すなわち英語を母語とする話者が使っていたフランス語方言だと捉えておられるのでしょうか? 
アングロ・ノルマン方言とは私の認識では、繰り返しになりますが、イングランド宮廷および大陸のノルマンディー地方で広く用いられた方言です。

アングロ・ノルマン方言とノルマンディ方言を区別する考え方は、少なくとも私がこれまで参照したことのあるフランス語史や古仏語文法の本ではあまり一般的ではないように思います。校訂本では記述に観察されるこういった言語の特徴についてくわしく書かれていることが多いですが、方言は書記の上で混交することもありますし、オリジナルの言語と写字生の方言が食い違うことも珍しくなかったはずで、実際には書記言語の特徴を持って書かれた地域を特定するのは困難なことが多いように思います。

このあたりに認識の食い違いがあるように思います。ノルマンディ地方ではもちろん、イングランド宮廷でも母語としてアングロ・ノルマン方言の使用者が少なくとも14世紀前半までは多数派であったというのが私の認識ですが、これには誤解があるかもしれません。

イングランドの当時の修道院でフランス語がどれほど使われていたかについては私は知識がありませんが、英語がマジョリティであるならばわざわざアングロ・ノルマン方言のテクストを用意する意味が私にはよくわからないのです。また「アダン劇」がイングランドで書かれたテクストかどうかというのも確定されているわけではありません。

テクストが書かれ上演されたのが、イングランドの教会ないし修道院であるという前提に基づけば、Yoshiさんが書かれていたような方向に推論は向かうのかもしれませんが、実際のところ、われわれは「アダン劇」がどこで書かれていたかについては信頼に足る情報を持っていないのではないのではないでしょうか?
<<前

記事に戻る

※コメントの受付件数を超えているため、この記事にコメントすることができません。


記事を書く
powered by ASAHIネット